一般社団法人 出版文化国際交流会 Publishers' Association for Cultural Exchange (PACE), Japan 本文へジャンプ


第22回アブダビ国際ブックフェア

報告:山田 秀樹(東京大学出版会編集部)



名  称
Abu Dhabi International Book Fair 2012
会  期
2012年3月28日(水)-4月2日(月)

・発展するUAEの首都アブダビ

 「アブダビ(Abu Dhabi)」と聞いてすぐに場所を思い浮かべることができる人は、あまり多くないかもしれない。「アラブ首長国連邦(UAE)」の正確な位置を指摘できる人も、それほど多くないように思う。
 ところが、リゾート地として日本人観光客も多く訪れ、高層ビルとエメラルドビーチが広がる「ドバイ」の近くといえば、おおよその場所をイメージできるのではないだろうか。そう、アブダビはドバイから車で約2時間半のペルシャ湾岸に位置しており、アラブ首長国連邦の首都である。アラブ首長国連邦の首都はドバイではなく、アブダビなのだ。
 そのアラブ首長国連邦は、7つの首長国からなる連邦国家である。いわば、王様の国の集合体といえよう。
 半世紀前に遡るまでもなく、40年ほど前までは砂漠に遊牧民がのんびり暮らす貧しい国であったが、貧困脱出のため賭けに出た石油の採掘が見事に当たり、ドバイを筆頭に著しい経済成長を遂げたそうだ。アブダビも至るところで都市開発と建設工事が行われ、出稼ぎ労働者と思しきアジアからの外国人を数多く見掛けた。「裕福」のありようは、おそらく日本人では想像しづらいほどの、桁違いのものだと思う。砂漠の上につくられた人工的な都市であるが、数年後には開発がさらに進み、様変わりしているのだろう。
 街は新しい建物が多く清潔感があり、道路も整備され広々としている。ドバイに続けとばかりに観光客を誘致しようとしているためか、治安にも気を配っている様子でパトロールが各所で行われている。実際、夕食のため深夜に一人で街中に出掛けた日もあったが、不気味な思いはしなかった。
 その街中は、ターバン姿のムスリムばかりという事前の予想とは異なり、外国人が多い「多国籍都市」という雰囲気である。もちろん、ターバンやアバヤ姿のムスリムも多く、モスクは各所に点在しているが、外国人が多いこともあり、だいぶ世俗化されているように映る。私たちが抱く通常の「中東」像からは少し離れているように思う。


ブックフェア会場となるアブダビ国立展示場
ブックフェア会場となるアブダビ国立展示場


 ブックフェア会期中の3月末は、現地ではまだまだ凌ぎやすい気候ということだが、日本から参加した私に言わせれば、充分に「夏」。気温が30度を超え、ビーチは海水浴で賑わっている。こちらの7―8月は、気温が50度近くに上がり海水が「ぬるま湯」になってしまうため、海水浴はしないということである。マリンスポーツをするには、4月頃がベストシーズンらしい。
 そのアブダビにて行われる、第22回アブダビ国際ブックフェアに参加するため、3月26日から4月1日に掛けてアブダビを訪問した。成田空港からの飛行時間10時間以上の、長旅である。


・アブダビ国際ブックフェアとは

 2012年のアブダビ国際ブックフェアは、3月28日(水)―4月2日(月)に掛けて開催された。アラブ圏では金・土が休日ということだが、3月30日はムスリムが金曜礼拝に出掛けるため、ブックフェアも午後4時開始であった。そのほかは、連日午前9時から午後10時まで開かれる。東京国際ブックフェアに馴染んだ日本人としては、午後10時までは長いと思うだろうが、こちらでは今回のブックフェアにとどまらず、生活時間全体が長い。暑い昼間を避けて、涼しい午前中と夕方以降に主に活動するからである。在留邦人の方に伺ったところ、企業の就業時間は朝8時から昼食抜きで午後2時頃までということであった。


会場入口付近
会場入口付近。奥は少しごった返している


 湾岸最大と言わるアブダビ国際ブックフェアは、参加国数が50にのぼる。中東各国をはじめ世界各国から出展があり、なかにはとても豪華なブースもある。講演・シンポジウムなども数百催され、外国からも講演者を招き充実している。会場の規模と華やかさ、セミナーやシンポジウムの数と多彩さは、東京国際ブックフェアを凌いでいるように思う。
 会場となるアブダビ国立展示場(ADNEC)は、東京ビッグサイトのようにイベントを幾つか同時開催できる大きさの、綺麗な建物である。市街地から車で約30分と少し離れているが、展示場の来場者を見込んでか、付近はホテルやビルなどの建設が至るところで進んでいる。ADNEC併設のホテルなど既に大きな建物は幾つかあるが、さらに増やしていくのだろう。
 会場内を見廻すと、アメリカの出版社は見掛けなかったが、そのほかは、アラブ諸国からはもちろんのこと、ヨーロッパやアジア各国から出展が見られる。今年は「イギリス年」ということで、イギリスは大きなブースを構え関連のセミナーやシンポジウムを多数催していたが、ドイツやスイスなどほかのヨーロッパ諸国の店構えも見事である。


見とれてしまうほど
見とれてしまうほど綺麗なブースも


 それらに比べると、アジア諸国のブースは展示スペース・装飾が限られ少し寂しいが、アジア諸国のなかでは中国や韓国のブースは大きく、日本の3倍以上はある。スタッフも多く、自身の書籍の翻訳出版を働きかけるため積極的に他国ブースを廻るなど、力の入れようが伝わってきた。経済面での中・韓パワーは最近語られるところが多いが、今回のブックフェアでもその姿を眼にすることになった。


・日本ブースの運営

 日本ブースは、昨年同様、在UAE日本国大使館・国際交流基金・出版文化国際交流会(PACE)の共同出展となった。展示書籍は、PACEの選書により日本から船便で輸送した。日本庭園や日本料理など日本文化を紹介する本、日本旅行用のガイドブックなど実用書、村上春樹や大江健三郎など著名作家の小説、『ONE PIECE(ワンピース)』『SLAM DUNK(スラムダンク)』などのコミック、そして雑誌などである。さらに、今回は東日本大震災の様子を伝えた雑誌の臨時増刊号なども加えられた。そのほとんどが日本語あるいは英語で書かれており、アラビア語で書かれているものとしては、国際交流基金の翻訳プロジェクトにより出版された書籍など少数であった。現地の人は英語を話せるため、英語で書かれている本ならば読解可能とは思うものの、「アラビア語で書かれた本はないのか?」と聞かれることもたびたびあった。
 ブックフェア前日の設営と準備は、大使館の協力によりスムーズに進んだ。私はフェア開催前日の朝にアブダビに到着したところ、大使館の薦めにより午前中ホテルで休んでいるあいだ、大使館スタッフが設営を進めてくれていた。午後より設営に参加したのだが、完了した午後4時頃に会場を見廻すと、ほかのブースのなかにはこれから準備開始というところもある。日本ブースは余裕をもって初日を迎えることができた。


日本ブース完成の図
日本ブース完成の図。いよいよ開幕です


 翌3月28日午前11時にオープニングセレモニーが行われ、華やかに開幕。ブースでの対応としては、私は滞在中は終日の当番となり、私に加え大使館スタッフ1、2名が3、4時間交代で当番にあたってくれた。私含め原則2名体制であるが、状況に応じて当番以外の大使館スタッフも駆け付けてくださった。応援スタッフは、来場者が多い時間帯には大助かりだった。
 当番の役割は、日本ブース来場者のリクエストに対応すること、また日本の出版物をPRすることである。展示書籍は、文字通り「展示」にとどまり販売はできないので、東京国際ブックフェアのような売り込みはできないのだが、それでも、あるいはそれゆえに、質問はいろいろと飛んでくる。それらに適宜対応することが求められた。
 なお、日本ブースを盛り上げるために、ほかのブックフェア同様「折り紙」を活用した。鶴や手裏剣をつくり、「take free」としてかごに入れておく。ほかのブックフェアの報告にもあるように、これは来場者へのPRとして格好のものとなった。以下に述べるように、私たちが折っている姿を見ては人が集まり、随時、折り紙教室が始まるのである。


・来場者の反応

 初日は午後2時頃から会場に人が増え始め、日本ブースにも人が集まってくる。現地の生活スタイルをさきに述べたとおり、ブックフェアも夕方から賑わいを見せ始める。10代とおぼしき若者同士、あるいは親子連れも多く、ブックフェアが地域のイベントとして定着している様子が窺える。会場の内外に幾つかカフェがあり、そこで休憩を取りながら会場を廻っている人も多い。
 当然のことながら、日本ブース来場者のリクエストも、さまざまである。「日本料理について知りたい」「日本のアイドルの写真集はありますか?」「アブダビで日本語を習いたい」「合気道とはどういうものですか?」「自身の本を日本語訳出版したいのですが……」などなど多岐に渡り紹介しきれないが、総じて「折り紙」と「漫画」の人気は高い。
 折り紙については、来場者へのプレゼントとばかりに折り鶴をこしらえていたこともあり、つくっている最中から子供を中心に多くの人が集まってくる。みな、折っている姿を興味深そうに眺め、鶴が出来上がると小さな歓声が起こる。自分でつくってみたいという子供もいて、そのまま折り紙教室となる。ほかのブースでは見られないこの活況は、1枚の紙から綺麗に鶴や風船がつくられていくさまが、外国人にも魅力に映ることのあらわれだろう。折り紙の本を探しに来る人も多い。


折り紙に熱中
大人も折り紙に熱中!!


 漫画については、若者が興味を示し、なかには相当詳しい人もいる。日本でも人気の『ONE PIECE』や『NARUTO(ナルト)』など多くのコミックが英訳されているので、それらを通じて日本の「MANGA」を楽しんでいるようだ。展示された英訳コミックを手に取り、一緒に来た友達同士でガヤガヤと楽しそうに盛り上がっている姿も眼にするが、内容などについてあれこれ話しているのだろう。声を掛け話を聞いてみると、コミックを通じて日本語を覚えたという人も多い。日常的に日本人と接する機会が多くないためか、コミックなどの本やインターネットを通じてしか日本語を学べないということなのだが、それらのなかには驚くほど流暢な日本語を話す人もいる。
 昨年も出展した紀伊國屋書店ドバイ店の方に話を伺ったところ、昨年は学校の授業の一環として、「社会科見学」とばかりに大挙して若者が押し寄せてきたらしい。今年は学校の春休み期間中ゆえ、そのような事態に遭遇しなかったものの、連日午後になると、友達同士または家族などでの来場が多く見られた。


・世界の良書を翻訳する「KALIMA(カリマ)」プロジェクト

 今回の滞在中に急展開をみせたのが、アブダビ政府(アブダビ文化遺産庁)が主宰する「KALIMA(カリマ)」プロジェクトへの日本の参加促進についてである。「KALIMA」とは「言葉」を意味するアラビア語であるが、世界の良書をアラビア語訳出版し、広くアラブ圏の読者に提供する国家プロジェクトだ。世界各地から寄せられる候補作・推薦作のなかから、審査を経て毎年100冊程度が選ばれ、アブダビ政府の費用負担により翻訳出版される。日本とアブダビ政府が今後、どのような枠組みでプロジェクトを推進するのか話し合うため、私の滞在中に大使館と文化遺産庁のあいだで協議を行うことが急遽模索され、3月30日に1時間ほど話し合いがなされた。


KALIMAのブース
KALIMA(カリマ)のブース


 日本の作品についても、このプロジェクトにより十点ほど翻訳されている。しかしながら、全体で約600冊を翻訳してきた実績のなかでは点数が少ないうえ、文学系統の作品に偏っていることもあり、アブダビ政府としては、もう少しバランスよく日本の叡知をアラビア語圏読者に提供したい模様だ。「例えば、日本はどうして世界有数の経済大国になり得たのか、我々の参考のためにもその秘訣を知りたい」と、プロジェクトリーダーであるタミーム事業部長は述べていた。
 話し合いに参加するなどして察するに、おそらく、毎年選ばれる100冊の多くは欧米の作品であろう。ブックフェアには「カリマ・プロジェクト」のブースも大きく設けられており、いままでアラビア語訳された作品がズラリと並んでいたが、広く知られた欧米の古典を多く眼にした。各国の原著出版社が、自身の作品を積極的に売り込んでいるなか、日本側に積極性が見られないこともあり、是非積極的に取り組んでいただきたいという期待のように窺える。


カリマ・プロジェクトの成果物
カリマ・プロジェクトの成果物。表紙から察するに、トマス・ホッブズ『リヴァイアサン』?


 たしかに、毎年の100冊のなかに、日本の作品がほとんどないのはバランスを欠いているように思えるし、日本の人文・社会・自然科学の良書をアラビア語で読めるようにすることは、意義あることと思う。いままで日本の作品がまったくなかったわけではないものの、ここで一度仕切り直しを行い、文化交流を活性化させたいというのが、日本とアブダビ両方の意向であった。
 話し合いには、渡邉大使をはじめとする大使館のスタッフに加え、国際交流基金カイロ日本文化センターの山田明希運営委員も同席された。国際交流基金は、いままで別途独自のプロジェクトとしてアラビア語訳出版を手掛けており、またカイロ大学には翻訳を担える人材を備えていることもあり、今後、日本側としては大使館と国際交流基金を中心に協議を進めていくことになった。まずは仕切り直し後として、最初に5冊程度の翻訳を実現できればよいのではないだろうか。


・今後の課題と展望

 日本の出版物のブースを設け、それらについて知りたいと来場する人に説明・PRすることは、大学出版部協会が催す日・中・韓3カ国セミナーを「外交の場」(斎藤至「出版人と三国外交」『大学出版 75号』)となぞらえた如く、小さな小さな「外交」であることを実感した。会場にて来場者と直接情報交換することが、草の根の文化交流として、日本のPRと相互理解に繋がるからである。今回も、展示書籍の内容についてはもちろんのこと、さまざまな問い合わせを受けた。
 もっとも、私が的確に対応できたかどうか、すなわち興味を持ってくれた人に納得いただき、さらには「日本贔屓」を増やせるような対応ができたかどうかは、心許ない。むしろ、私のフォローとばかりに、大使館スタッフが迅速丁寧に対応してくださったことが救いであった。「本」の専門家ではなく、また日本人以外の現地スタッフは必ずしも日本の出版につき深く理解している状況とはいえないなか、的確な応答をしてくださったことで、大いに助けられた。
 一方、課題としては、ほかのブックフェアでも掲げられているように、展示書籍を売ってほしいという要望に応えられないことであった。そのたびに、「展示用」ゆえインターネットや書店を通じて別途お買い求めいただきたいという返事を差し上げるのは、少々心苦しかった。ただし、アブダビブックフェアに関しては、紀伊國屋書店ドバイ店が日本ブースの隣に出店していたおかげで、購入希望の来場者には隣のブースで注文するよう促すことができ、恵まれていた。
 また、展示書籍は日本語で書かれたものも多く、そのアラビア語訳または英訳の問い合わせを受けることも多かった。日本ブースへの来場者の多くが日本語を理解できない事情を鑑みるに、それらは当然の要望といえた。日本の庭園や建築などビジュアル的な作品のなかには、書いてあることが分からなくても楽しめるものもあったが、それでもなお、日本語書籍ゆえ内容を理解できないことを、彼らは残念に思うだろう。日本語書籍の展示は数を絞っても良いように思う。
 ともあれ、湾岸地域で盛大にブックフェアが行われていること、そして少なくないアラブの人たちが日本の文化について関心を抱いていることを肌で感じ取ることができたのは、大きな収穫であった。連日12時間以上会場に張り付き、日本とのあまりの気温の違いと強烈な冷房ゆえ最後には風邪を引いてしまうなど、ハードな出張であったが、それでもなお、とても充実したものであった。全面的に支えてくださった在UAE日本大使館の方々のお力添えに、心より感謝申し上げたい。


   
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