一般社団法人 出版文化国際交流会 Publishers' Association for Cultural Exchange (PACE), Japan 本文へジャンプ


HONG KONG BOOK FAIR 2014

報告:渕上皓一朗(京都大学学術出版会)



名  称
HONG KONG BOOK FAIR 2014
会  期
2014年7月16日(水)〜7月22日(火)
主 催 者
香港貿易発展局(Hong Kong Trade Development Council)
会  場
香港会議展覧中心(Hong Kong Convention & Exhibition Centre)
入場時間
10:00〜22:00 (金・土は〜24:00、最終日は9:00〜17:00)
出展ブース総数
570
展示面積
48,3310m2(うち日本パビリオン72m2、日本ブース18m2
入場者数
1,010,000人


 

1.驚異のブックイベント
 7月18日午後8時半。すでに通過したとはいえ、大型台風の影響で未だ風雨吹き荒れる灣仔(Wan Chai)駅を覆い尽くす人人人……(写真1)。家路に着く人々ではない。これからブックフェアに向かう、仕事帰りの香港市民たちである。写真1では、右下の階段を降りて会場に向かうようになっているが、これはかなりの遠回り、かつ蒸し暑い屋外をぐるっと回るコースで、通常は直進してImmigrant Centreを通り抜ければ、ものの100mほどで会場に辿りつける。この、本来のルートには収まりきらないほどの大行列が、香港ブックフェアの性格を端的に物語っているように思う。

 

 

写真1


 今年で25回目を迎える香港ブックフェアを主催する香港貿易発展局(HKTDC)の副総裁Benjamin Chau氏──日本からの出展者全員で、彼との会食の機会をもつことができた──によれば、そもそも会場のオフシーズンに一種「埋め草」的に書籍販売の場を設けたことに端を発するらしく、そもそもは「国際的な文化交流とかそういう意味は実はあまりなかった」らしい。実際、オープニング・レセプションを除いたイベントの多くが、同時通訳のつかない広東語(もしくは北京語)のみのものであったことは、私としても意外な感をもった。いわば日本で言う「コミケ」的な色彩を帯びたブックフェアであり、ビジネス・デイのないBtoC、香港の一般大衆に向けた特大の書籍即売所である。昨年の総入場者約100万のうち、香港在住者が90万人に迫るという。香港の総人口は700万人だから、およそ8人に1人がブックフェアに訪れた計算になる。
 児童向け書籍のスペースが大きいのも、おそらくこのブックフェアの特徴であろう。1階のメイン会場とほぼ同面積の3階のほとんどが「兒童天地」、すなわち子ども向け特設コーナーで、各ブースには大量の家族連れが押し寄せていた。写真2は、会場のロビーで買い込んだ大量の児童書を床一杯に広げ、カバンに詰め込む家族連れである。写真3は会場の隅っこに座り込んでむさぼるように本を読む子どもたち。香港ブックフェアではいたるところでこういう光景を見ることができ、歩き疲れた心──何せ本当に広い!──を癒してくれる。多くの香港人は、必ずしも普段から熱心に本を購買しているわけではないらしいが、そんな彼らと本の距離を一気に縮め、潜在的な書籍の購買意欲を可視化するイベントとして、香港ブックフェアの意義は計り知れない。

 

写真2

 

写真3

 

2.「日本ブース」の健闘
概況
 今回のブックフェアでは、1階のメイン会場にジャパン・パビリオンが設けられ、私が派遣された在香港日本総領事館・独立行政法人国際交流基金・一般社団法人出版文化国際交流会(PACE)の共同ブース(以下「日本ブース」)の他、和歌山県・新潟市・北九州市の3自治体が出展した(図4が1階の全体図。左下隅の各18u、計72uが日本ブースである)。パビリオンと言っても、統一的な企画があったわけではなく、自治体ごとにそれぞれに香港と密接な経済関係を結んでおり──たとえば和歌山県は2013年に、九州は2012年に、香港貿易発展局と経済協力協定を締結している──その関係でたまたま出展が重なったところを、主催者の配慮でひとまとまりとして出展することになったという。なお、このような国単位でのパビリオンを設けていたのは(香港と密接な関係を持つ台湾を別にすれば)日本のみであった。

 

図4


 意外なことに、香港ブックフェアへの日本からの出展は、Pentelなど現地法人をもつ企業を除けば、過去になかった。理由は様々にあろうが、ぐるりと会場を一周してその一端はすぐにうかがい知れた。各版元の積極的な翻訳出版や、台湾からの間接的な輸入を通じて、大量の日本関連書が香港に流通していることはよく知られていることと思うが、それらはわざわざ「日本コーナー」という枠組みさえ設けられないほどに、既に香港の出版文化の中に馴染んでいる(写真5)。様々な事情から(たとえば「シューカツに弱い」)日本語を専門的に学ぶ学生こそ減少の一途を辿っているそうだが、日本由来の文物は、半ば「内在化した外国」とも言いうるほどの一般性を獲得しているように見受けられる。このような状況下で、日本ブースを出す意味というのは、考えてみると意外に難しい。

 

写真5

 

「複眼」でゆっくり見てもらおう
 その中で今回の日本ブースを統括した日本領事館が選んだ方針は、既に広東語に翻訳刊行された日本関連書を、全分野(小説、漫画、旅行記、学術書)均等に、特定の分野に偏ることなく、スペースの許す限り豊富に展示するというものであった。私はブースの維持運営にあたりながら、この意図を以下のように理解した。その国の文物が大量に流通していることが、その国の理解と必ずしも直結しないことは、当然といえば当然のこと。豊富な接点を個々にもちながらも、しかし全体としては一つの単純なイメージに回収されてしまうというのは、日本におけるアメリカや中国への理解を考え起こせば自然なことだろう。香港における「日本文化」も同様で、全体としては固定されたイメージに集約されがちとしても、実は人それぞれ多様な接点をもっている。では、それぞれの興味で集った人々に、隣接する別の領域を紹介することで、より理解を深めてもらうことはできないだろうか。たとえば、マンガ目当てで来た人が、ふと隣にある仏像の写真集を見る、というように。文字通り「複眼的」な眼差しを日本に注いでもらう契機と捉え、私はブースの運営に努めた。
 領事館の皆さんのご尽力のもと完成した日本ブースは、結果として独特の雰囲気を醸すことになった(写真6)。各書店が販促に血道を上げ、「7折」、「6折」と値引きを示すポスターが所せましと貼られる中、一切何も売らず、ただテーブルを置いてじっくり本を読んでもらうことを目した──要は「回転率」を極力下げようとした。普通は通行人を惹き付けるようなパネルや映像、ポスターで飾り立てるところ、写真をご覧になってわかるように、通路に面した側どこからでも入れるようにした。会場の隅っこという立地条件自体はもちろん有利とは言い難かったが、四方八方に人が通り抜けないことが、結果として、このまったりとした空間づくりに一役買っていたように思う。

 

写真6


 こういった方針が良い結果をもたらすことは、過去の派遣レポートが示す通りである。ブースには途切れることなく、連日1500人に迫る人数が訪れた(写真7)。

 

写真7

 

土曜日にいたっては、半日で1000人に及んだ。もちろん単にチラシを取って去っていく人もいたが、本を手に取ってメモや写真をとりながらじっくり読み込む老若男女も決して少なくなかった。
 実際の応対には、日本文化協会が主催する日本語講座の学生さんたちがあたった。圧倒的に人気があるのが観光ガイドブック、次に小説、マンガ関連という順であるのは、応対した彼らの一致する見解だった。北九州市や新潟市がマンガを中心にした展示を行っていたこともあり、日本ブースでのマンガに関する展示はごく控えめなものであったが、その点勘案しても旅行ガイドの人気はマンガをはるかに凌いで圧倒的。会場内にガイド本だけの展示ブースが出展されるのも納得である。旅行パンフの請求も後を絶たず、「観光課の展示じゃないんですけどねぇ…」と領事館関係者も苦笑いするほど。また、ちょうど香港は高校の卒業シーズンで、進路選択の重要な時期であったためか、留学案内のパンフレットも飛ぶように消えて行った。私もあちこちから飛んでくる質問への対応(とボランティアの皆さんとの雑談)に追われ、ハードながらも、非常に楽しい時間を過ごすことができた。
 そのような中で、領事館のご厚意で置かせていただいた大学出版会の日本語書籍6点を含む「学術書置き場」に手を伸ばす人がわずかなりにもいたことは、私としては望外の喜びであった。日本語が読めないなりに、図版とテーマが面白いと好奇心を示して下さる方もおり、何人かの人とは少しく話し込むこともできた(写真8)。

 

写真8

 

次回以降に向けて
 私なりにお客さんとの折衝に務めてはきたが、何せ領事館スタッフ、ボランティア、ともに皆さん大変優秀で、私が何もせずとも基本的にブースは問題なく動いていく。暇に任せて(?)、初出展を果たした日本ブースの次なる展開を(勝手に)考えてみた。まず、あるアンケートに一言「宣伝不足」と書かれていた(写真9)ように、日本ブースがこのような展示をしていることを知る人は多くは無かった。後述の通り学術系出版社のブースは大変な賑わいを見せていたが、こういった人々をブースに呼び込むことは残念ながら大変難しかった。お客さんに話しかけてみた際、話の流れで「日本ブースが開かれてるって、知ってます?」と聞いてみたところ、「漫画にはあんまり興味ない」とつれない返答。

 

写真9


 良くも悪くも固着したイメージがある中で日本ブースを開催するわけで、事前宣伝や、展示の多様性を示すようなテーマやキャッチコピーがあれば、今回以上に多様な人々が、日本ブースを目当てに来て下さるのではないかと思う。実際、日本での報道も、焦点はアニメや漫画に置かれ、領事館の展示内容や趣旨が十分に紹介されているとは言えなかった。また、やはり、限られたリソースの中でブースをデザインすることは、私一人の能力を超える作業であった。出版社サイドにこれらの知見は蓄積されているわけで、準備段階からより密に連絡を取るべきであったことを私も強く反省しているし、今後も、お手伝いする余地と価値は十分あるように感じた次第である。
 展示品目についても同様である。先般の日本語学校の教務長にあたる侯先生は、日本の学術研究(殊に近代史)にも精通した方で、彼の尽力で学術的成果も展示品目に加えられていた。しかし、学術的な関心でブースに来た人は、量と種類においていささか物足りなさを感じたようだ。「政治しかないの?」「経済は?」などという質問をいくつか頂戴した。日本の出版サイドから香港の学術的関心に呼応する書籍を提示できれば、さらに厚みを増した展示が展開できるのではないか(個人的には、上海をはじめとした他地域に比べ、香港を対象とした研究は相対的に薄い印象をもった。歴史的な重要性を鑑みても、東アジア研究の「盲点」とは言えまいか)。日本と香港相互の眼差しが交錯する場で、お互いの視座を相対化し合うような、文化交流の醍醐味を提示できる可能性も感じた次第である。
 さらに、自然科学系の書籍について硬軟問わず一冊も展示がないことについて、「関心がある人は欧米圏のものを直接読むから」との声もあった。それは確かに間違ってはいないが、同時に、一面的でもあることを私たちはもちろん知っている。日本側から働きかける余地も十分残っているように思う。

 

3.他の展示について
 滞在期間中は、特に勤務終了後の5時以降を中心に、体力の許す範囲で、あちこちを見て回った。

セミナーについて
 原則、日中はブースに詰めていたため、セミナー等にはほとんど参加できなかったが、日本から提供された3つのセミナーについては幸い全て参加することができた。ハローキティの育ての親として有名なサンリオ取締役の山口裕子氏の講演は大盛況、香港でも大人気とあって、質疑は収まることがなかった。『小さいおうち』で知られる中島京子氏の講演も、センシティブな時代背景をもつ作品であるにもかかわらず、フロアの反応を見る限り、その意図は非常に良く伝わっていたようだ。中島氏の翻訳になる『地図集』で日本にも徐々に紹介されつつある作家、董啓章氏──彼は今回のブックフェアの"Author of the year"である──との対談も興味深かった。氏の現実と対峙する上での虚構のもつ力(そして現実それ自体がもつ虚構性)への強い拘りは、現在の政治状況下、改めて特別な響きをもつ。関係者のご尽力に敬意を表したい。

 

スマートデバイスについて
 香港ブックフェアの趣旨と異なるということもあろうか、スマートフォン普及率87%、タブレット普及率57%(ニールセン、2013年調べ)という驚異の数字を前に大変期待して行った電子書籍関連の展示は、意外にも低調に見受けられた。3階のエントランスという人通りの多い場所の展示(写真10)ではあったが、冒頭で述べた香港ブックフェアの特質の影響か、足を止める人は少なく、展示内容も、コンテンツやデバイスの割引販売がほとんどで、その普及度合いにこそ驚くものの、あまり目新しいものとは感じなかった。どうやら、香港には(にも?)、教育と電子メディアの結合には慎重な見解があるようで、写真11のようなタブレット教材が無いわけではなかったが、それよりは写真12のような「知育的遊具」が盛況であった。おそらくそうしたギャップ状況を狙ってのことか、たとえば、カナダのトロントで導入されているというiPadを用いた音・文字・イラスト一体型の教材など、他国のベンダーがアジア市場での展開を積極的に狙う様子がうかがえた。

 

写真10

 

写真11

 

写真12

 

学術出版事情
 さて、肝心の学術出版はというと、これが見事に大盛況であった。「大学村 university village」というブースの集合体を作り、香港大学、香港中文大学、香港城址大学等、いくつもの大学が軒を並べる。多くは広東語で、英文書は学習教材が中心であったが、近刊で話題となっている『Chinese Comfort Women』を始めとして、研究書・人文書についての英文出版も盛んであった。これらが、入場口正面奥という立地の好さもあり、大変な人数を集めている(写真13)。聞くと、殊に香港の歴史・社会・文化に関する専門知の提供において、多くの関心を集めているとのこと。確かに会場には、写真14のようなTシャツを着た人々が、老若男女問わず複数見受けられた──この僅か3か月後に、深刻な政治的対立に至ることまでは想像できなかったが。返還から15年、日に日に中国本土(「大陸」)の影響力が増す中で、香港の民族主義への自覚が相対的に増しているという傾向が、学術書への需要とどこか相応しているやもしれない。

 

 

写真13

 

写真14


 このような、大学出版が、信頼性を付加価値としてもつブランドとして認知されている状況の背景には、もちろん、いわゆる「人文書」が論壇をリードしてきた日本と、出版から販売までを一手に占める巨大コングロマリットの影響力が強い香港との、出版をめぐる背景の相違が横たわっている。ただ、「University Press」という看板が、一つの学術書のプラットフォームとして機能している香港の状況に、うまく日本の「知」を適合させていくことは可能だろう。今回の短い滞在ではその一端しかうかがい知れなかったが、それでも大きな可能性を感じた次第である。

 

4.謝辞
 出版業に携わって僅か2年、言葉も大して喋れるわけでもなく、ブックフェアへの派遣も、香港行きも、何もかも初めて尽くしの新米が1人で押しかけ、関係者各位にさぞご迷惑をおかけしたかと思う。軽い気持ちで手を挙げてしまったことを、後悔したこともあった。まずは、このような私を派遣し、得難い体験を与えて下さった国際交流基金の関係者各位、特に武田英和氏に感謝を捧げたい。
 そして、こんな私を暖かく迎えて下さり、支援を惜しまれなかった在香港日本総領事館の又平広氏に感謝を申し上げたい。携帯電話の貸与をはじめとした数々の具体的なサポートはもとより、学術を通じた国際交流それ自体にも大きな関心を寄せて下さった。同職員のWinny Chang氏とKiku Chiu氏は、香港のことを何も知らない私に(おそらく内心で呆れながらも)様々なアドバイスを下さった。Phoebe Liw氏は、ホテルと会場を往復するのみの私を不憫に思ったのだろう、急遽ご予定を変更して最大の繁華街銅羅灣(Causeway Bay)を案内してくださった。皆さんがいなければ、香港の圧倒的なスピード感に押し流され、その良さをほとんど味わえなかっただろう。運営の中心を担われた大野氏の明朗なお人柄ときびきびとした行動力には、幾度となく励まされた。幾ばくでもお役に立てたならこれに勝る喜びは無い。
 また、貿易発展局の丸子氏には、ご多忙の中さまざまに便宜を図っていただいた。大学出版会の活動に高いご関心をお寄せいただき、事前のサポートにご尽力下さった大阪支部の小峰氏、Brian Riu氏のお二方にも感謝申し上げたい。
 私のしつこく面倒くさい質問攻めに嫌な顔せず対応してくださり、貴重な「生きた情報」をくれた日本交流協会・日本語教室の皆様にも感謝したい。計20名を超える皆様全員をここで挙げることはできないが、限られた時間の中で彼・彼女ら一人一人と会話を交わすことで、私の滞在は、短いながらもより立体的かつ陰影を帯びたものになったように思う。この報告書にその成果が僅かでも反映されていれば良いのだが。
 最後に、出版文化国際交流会の佐藤佳苗氏には、準備段階よりひとかたならぬお世話になった。何の不自由もなくフェアに集中することができたのは氏のご尽力の賜物である。ありがとうございました。


 
   
©PACE