一般社団法人 出版文化国際交流会 Publishers' Association for Cultural Exchange (PACE), Japan 本文へジャンプ


第19回モスクワ国際ノン/フィクションブックフェア


報告:佐藤 佳苗(出版文化国際交流会)



名  称
International Book Fair for High-Quality Fiction and Non-Fiction
会  期
2017年11月29日(水)〜12月3日(日)
入場時間
11時〜20時(水、木)   11時〜21時(金・土・日)
会  場
Central House of Artists(中央芸術家会館)
展示面積
12,400m2
主  催
EXPO-PARK Exhibition Projects
出 展 社
293社
参 加 国
25ヶ国
ハンガリー、ドイツ、フランス、ノルウェー、スペイン、ポーランド等
入場者数
34,884名

 

会場全体
 ノン/フィクション・ブックフェアは1日で見て回れる程度の小規模図書展である。モスクワには、大規模で来場者への販売が盛んに行われるというモスクワ・ブックフェアが9月にあるが、このノン/フィクション・ブックフェアはより「厳選された」図書の展示を行いよりじっくりと図書と向き合う場を提供するという趣旨で設けられたそうだ。ノン/フィクション・ブックフェアという名称だが、もちろんいわゆるノンフィクションとフィクションに限らず、専門書、実用書、児童書等、展示図書のジャンルは多岐にわたる。美術館が併設されているからか、図書展示エリアの脇に美術品、主に絵画を扱う店が点在し、画家が自分の作品を机に並べて即売したりもしている。

 


 一般来場者向けの図書展というと、図書の割引販売が中心の賑やかなところが多いが、ここは「セール」「30%引き」などの張り紙も一切なく、一見まったく割引販売をしている様子はない。しかし聞いてまわると外国ブース以外ではたいてい販売が行われていて、10%〜25%引きで購入できるらしい。ロシアは再販制ではないので、もともと書籍の価格も書店によって異なり、客はその都度確認して購入する。図書に価格シールが貼られていないブースも多く、必然的に価格を尋ねることになるのだが、販売ブースのレジ前に人が並ぶというよりは、図書の平台を挟んで販売員が横一列にずらりと待機する対面販売方式での接客が目に付く。どの販売員も客とかなり長い時間話しこんでいて、回転を気にしている様子はなく、客もこの機会に店員にじっくり話を聞こうということなのか、楽しそうに延々と立ち話をしている。買うことが目的というよりは、「本のカウンセリング、おしゃべり」を目的に来ている人も多いのかもしれない。

 

 

 会場では講演会や図書の新刊発表会も多数開催されたが、立ち見も大勢出る午後や週末はもちろん、平日の午前中でもどれも満席なのには驚く。独立行政法人国際交流基金(以下、基金)モスクワ日本文化センターは、ロシアで作品のひとつ『きのうの夜、おとうさんがおそく帰った、そのわけは…』が翻訳出版された童話作家の市川宣子氏を呼び、図書展会場とモスクワ市内別の会場で講演会とサイン会を催した。同センターは、昨年は中村文則氏、一昨年は小野正嗣氏等、毎年この図書展に日本から作家を招聘している。講演会で市川氏はこの作品やご自身について等、親しみやすいお話で聴衆を魅了した。引き続いての質疑応答では、日本の会社員の働き方や家族との時間、市川氏がどのように作品のアイデアを得るのか、執筆中困難だった点など、聴衆が次々と手を挙げて、時間に制約がなければ延々と続いたと思われるほどいつまでも熱心に質問をしていた。出版関係者ではない、日本学や児童教育専攻の学生さんというわけでもない、特に作家志望というわけでもなさそうな、本当に一般の聴衆の皆さんが、自分の興味や好奇心から真剣に講演を聞き、質問し続け、市川氏とのやりとりを楽しむ光景に圧倒された。

 

 

 会場をまわっていると、通路に面して奥行き3mのブースに隣あって奥行き2mや1mのブースもある。一見不揃いだが、奥行き1mの出展が可能というのは少ない予算で最大限の露出ができるため、出展者にとっては大変便利である。予算や用途に応じ好きな奥行きを選んで出展できるこのシステムは、他の図書展では見かけない独特のものだ。

 


 一方で会場施設の使い勝手や案内に関しては、改善を望みたい点も多々あった。来場者数に対してチケット購入所があまりにも小規模で、氷点下の気温・猛吹雪の中でも室内ではなく外で長時間並ばねばならない点、図書展のチケット購入所という案内がなく多くの人がここでよいのか戸惑っていたこと、チケットコントロールが1か所のみで大勢の人が押し合いへし合い状態だった点、そこを何とか通過すると誰もがまずは身に着けている分厚いダウンコートやマフラーをクロークで預けねばならないのだが、ここでさらに長蛇の列。午後や夕方の込み合う時間帯だと、誰か帰る人がコートをピックアップしないと預け場所に空きが出ないため、預けてこれから見て回りたい人はそれまで延々と待たされる。

 


 マイナス10℃、時には猛吹雪ともなる厳しい天候の中、地下鉄の最寄り駅から片道20分近く寒風吹きつける足元の悪い道のりを歩き、さらに到着後の不便をものともせず、連日大勢の人が図書展を訪れ楽しんでいるのは本当にすごいことと思う。全体的に「成熟した図書展」「好奇心に溢れた来場者」という非常に良い印象を持った。
 外国ブースでは、ロシア向け版権販売に力を入れモスクワにフランクフルト・ブーフメッセの支社も置いているドイツブースが活字中心の本をずらりと揃えたり、ハンガリーブースでは階段状のベンチにクッションを敷いたスペースを広くとり、本を読みながら来場者に長時間くつろいでもらったり等、様々に自国の本をアピールしていた。

 

日本ブース
 基金と弊会との共催で設けた日本ブースは、今回も様々な図書を展示したが、図書展の趣旨に合わせてフィクション、ノンフィクションなど文字だけの図書の紹介にまずは力が入れられた。基金が外国に対し翻訳出版を薦めるWorth Sharing 5の掲載図書や、JLPP(現代日本文学翻訳普及プロジェクト)で作成されたロシア語版日本文学、Japan Libraryプロジェクトで作成された日本の社会を紹介するノンフィクション作品英語版など。また今回のテーマとしては来訪作家市川氏のほぼ全作品や、ロシアで人気が高いという手芸本を多く揃えた。ロシア語版日本関連書では、最近ロシア語で出たという日本の実用書が目立った。『頭がいい子を育てる8つのあそびと5つの習慣』、宮本哲也氏のパズルを用いたKen賢Ken学習書シリーズ、『どんなに体がかたい人でもベターッと開脚できるようになるすごい方法』など。沖縄の長寿村を取材した内容で30か国語への翻訳が決まっているというIkigai: The Japanese secret to a long and happy lifeや、Secrets of the world’s healthiest children: Why Japanese Children Have the Longest, Healthiest Lives - and How Yours Can Too など、外国人著者による日本について書かれた本のロシア語版もあった。数年前に近藤麻理恵氏の『人生がときめく片付けの魔法』が世界中でベストセラーになって以来、日本のライフスタイル本が外国で注目されるようになっているが、ロシアでも日本人は健康で長生き、勉強熱心というイメージを持たれているそうで、健康、学習、自己啓発といった分野で関心が高まっているようだ。川嶋隆太氏の子供・大人向け脳トレーニング関連著書をすでに5タイトルロシア語で出したという出版社の担当者が日本ブースを訪ねてきて、次に出すのに良さそうなお薦めは何か相談されたりもした。

 


 来場者の全般的な人気は、日本の伝統文化の写真集やコミック・イラスト集。女性は手芸本、男性は武道・刀などの写真集、若い世代はコミックに真っ先に手を伸ばす人も多い。「買いたい」という声には、日本の本の販売を行っている書店やロシアのオンライン書店を掲載したリストをお渡しして対応した。ちなみにロシアでのオンライン書店最大手はオゾンozonという名前だそうだ。
 基金図書館で長年利用された日本語の本を、箱に入れて「ご自由にお持ち帰りください」と提供したところ、かなり使い込まれた様子の古本にもかかわらず、日本語を読める人はもちろん、そうでない人も「日本語の文字がおもしろい」「来た記念に欲しい」と次々に持ち帰り在庫がなくなっていった。

 


 もう長年にわたり毎年、ほぼ毎日欠かさず最低でも1回、日によっては何度も日本ブースを訪れ、椅子に座って写真集のページをめくりじっくり説明に読みふける名物おばあさんもいる。毎年ここで日本の美しいものを堪能するのが大好きで、今年も新しく出た日本の本を見るのをとても楽しみにして来たそうだ。かなりのご高齢に見えるが、極寒、日によっては猛吹雪の中を毎日通ってくるこの熱意には本当に頭が下がる。

 

版権事情
 ロシアはいまだに輸出入手続きが煩雑で手間も費用も相当かかるのが、日本から図書の現物を流通させる障害となっている。
 版権販売のほうも順調に進んでいるとは言い難く、関係者の話をまとめると、通常はコミックから入り、徐々に他のジャンルへもという流れをとることが多い版権販売が、ロシアでは最初のコミックの段階から苦戦している状況とのことだ。ロシアの最大手出版社が日本のコミックを多数翻訳出版していたが、ある少年が自殺した際、部屋から日本の有名コミックが発見され、それが自殺の動機となったのではないかと両親が出版社を訴えるという事件が起きた。その後因果関係はないという判決が出たものの、同社はそれをきっかけに2013年に突然発行を中止、回収をし、その後販売はもちろん、続編の出版も他タイトルの出版も行わないようになってしまった。それ以来、日本の出版社もロシア向けを避ける傾向が続いてきているという。その後前述のように実用書等が出版されてきてはいるものの、世界的に見るとまだ初期の段階に留まっていると言えそうだ。

 


 コミックに関してRead Manga MeやManga clubといった海賊版サイトがロシアでは若い世代を中心に当然のように閲覧されていて、ネットならば無料で大量に読めるものをわざわざお金を払って購入する気になれない、という人たちが大勢いることも背景にある。著作権に関する認識もまだ浸透しておらず、長らく共産圏で暮らしてきた人たちにとって、情報は無料であるのが当たり前で、その感覚がまだ残っている世代が政府中枢にいる限り、国として違法サイトへの対応を望むのは難しいだろうとのこと。ただ、紙の図書に関しては金銭を払って購入するのが当然という感覚はあるそうなので、地道に紙での発行を進めていくのがよいのかもしれない。図書展会場でもIstari Comics社が出展し日本のコミックを多数販売していたが、ネット上の海賊版盛況はさておき、紙媒体の販売のほうも自社は手ごたえを感じているので悲観してはいない、今後も次々に発行していきたいと思っていると話していた。
 ロシアでも日本でも、相手国の図書が自国で一般的になじみがあるとは言い難い。ロシアのものは有名な古典作品は広く読まれているものの、例えば現代のものとなると名前が出てこない。来年度日本におけるロシア年、ロシアにおける日本年となるのを機に、基金日本文化センターの高口真法氏、坂上陽子氏にご相談し、それぞれの国で互いの作品をもっとよく知る機会を設けられたら、と図書の分野でも相互の企画を検討している最中である。

 

国際交流基金日本文化センター
 モスクワにある国際交流基金日本文化センターは外国文献図書館の中に位置し、日本語の本を揃えた図書室を設けるだけでなく、日本文学の大家による日本文学を読むセミナー(古典と現代ものそれぞれに)を毎週、プロの俳優が朗読・専門家が解説をする日本文学朗読会を毎月開催するなど、図書関連の催しにも力を入れている。また基金により長年にわたり年に4回英語で発行されてきた外国向け書誌情報誌Japanese Book Newsを毎号全ページロシア語に翻訳しHPに掲載するなど、ロシアでの日本の図書の紹介や理解を深めるための交流にとりわけ熱心に取り組んでいる事務所である。

 

サンクトペテルブルクと日本の図書、日本語教育
「三笠宮文庫」
 今回の出張目的のひとつが、サンクトペテルブルクのロシア科学アカデミー付属図書館にある「三笠宮文庫」の近況を確認してくることであった。弊会では、一般社団法人大学出版部協会と一般社団法人自然科学書協会の会員社が毎年フランクフルト・ブックフェアに出展した図書を、数年に一度、同アカデミーに送付し寄贈する手続きをもう15年来行っている。

 


経緯をまとめると、
  • 1882年に皇帝アレクサンドル3世の戴冠式に明治天皇の名代としてサンクトペテルブルクを訪れた有栖川宮殿下が、サンクトペテルブルク帝国大学(現在のサンクトペテルブルク国立大学)で日本語が教えられていることに感激し、翌年帰国後ご自身の蔵書から4,700冊の貴重な図書を同大学へ寄贈された。これがまず、後述する「有栖川文庫」である。
  • 第二次大戦中の1942年、レニングラードと名を変えていた同市が約2年半にわたりドイツに包囲封鎖され兵糧攻めと爆撃で少なくとも死者67万人と言われる飢餓地獄を経験した際、同大学東洋学部日本語科教師のオリガ・ペトロワ氏が自身も飢えと寒さで生き残るのも大変な中、爆撃で被害を被った大学図書館へ連日通って雪に濡れた図書を乾かしこの「有栖川文庫」の図書を守り抜いてくれた。極限状態の中、暖を取り命をつなぐ燃料にするため、本や家具までもが当然のように燃やされた時代である。
  • 冷戦下の1977年、この話に感銘を受けた弊会名誉会長の故三笠宮殿下が、日本の出版界協力の下、381冊の図書をソ連科学アカデミー図書館へ寄贈された、これが「三笠宮文庫」である。
  • その後2003年、弊会創立50周年の際にも「三笠宮文庫」に418冊の学術書を送付。2007年には大学出版部協会の三浦邦宏氏らが現地へ赴きあらたに320冊を寄贈、図書贈呈式も行った。「三笠宮文庫」を5,000冊まで拡充させたいとの当時の計画に基づき、それ以降も数年ごとに上記2団体の図書の寄贈が続けられている。

 

 科学アカデミーとは、ロシアにおける最高学術機関で、研究は科学アカデミーが、教育は大学が担うと言われている。同東洋学研究所は世界を代表する東洋学研究機関のひとつであり、65におよぶ東洋言語の資料を収集している。

 


 今はロシア科学アカデミーという名に戻った図書館建物の6階でエレベーターを降り、部屋に向かう廊下を歩いていると、日本から寄贈された図書がガラスケースに入って両側にずらりと並んでいるのが目に入る。部屋に入ると、閲覧用の机・椅子を囲んで四方にガラス扉の書架が置かれ、中国語・韓国語・アラビア語の図書とともに、これまでに寄贈された三笠宮文庫図書が所蔵されている。三笠宮殿下のお写真、40年前寄贈時のお手紙や当時のKGB検閲済みスタンプの押された図書カタログなども一緒に飾られている。つい長居をしてしまいそうな、落ち着いた雰囲気の空間である。

 


 長年この図書を管理し守ってきてくださっているアジア・アフリカ文学部門ディレクターのタティアナ・ヴィノグラドヴァ氏は、「学生・研究者の利用頻度は近年文系ジャンル図書のほうが多くなっているようですが、引き続き日本からの学術書・専門書を私どもの蔵書に加えられることを大変誇りに思っています。頂いた図書はこれからも大切に使い、守って後の世代に引き継いでいきます。寄贈にご協力くださっている日本の出版社・出版界の皆様に心よりお礼を申し上げます。」と話していた。

 

 ここ科学アカデミー、そしてサンクトペテルブルクは、日露間はもちろん、全世界的に見ても日本との交流・日本語教育史において非常に重要な場所とされている。
 意外なことに海外における日本語教育は、15世紀にさかのぼる朝鮮の次に、日本から遠く離れたサンクトペテルブルクが一番長い歴史を持つという。1702年ロシア皇帝ピョートル1世は、鎖国を続ける日本からカムチャッカに漂流し保護された漂流民、伝兵衛を引見し、日本の事情を聞きシベリアでの慢性的な食糧不足を日本との交易によって解消したいとの考えから、日本語学校の設立を命じた。首都サンクトペテルブルクまで連れてこられた伝兵衛が、1705年に航空数学校内に設けられた学校で日本語を教え始めたのが、日本語学校として世界最古と言われる。
 その後1734年、漂流民ゴンザらを引見した皇帝アンナ・ヨアノヴナは、11歳で漂着して以来流暢なロシア語を身に着けていた16歳のゴンザに科学アカデミーでロシア語文法を学ばせ、1736年日本語学校を科学アカデミー内に設けソウザと一緒に日本語教師に就かせた。ゴンザは日本語学校長ボグダノフとともに最古の露日(まだ標準語もない時代なので、ゴンザの出身地である薩摩方言)辞書や日本語学習書を多数作成した。
 二人の死亡等から1754年に日本語学校はイルクーツクへ移転したが、日本との国交樹立の目途が立たず1816年に閉校。しかし博物館研究所などで日本研究は続けられ、サンクトペテルブルク帝国大学で日本語の講座が設けられたのが1870年。当時大学で日本語が教授されるのは世界的にも稀であったことから、1882年に訪れて感激した有栖川宮殿下によって蔵書寄贈が行われた、というわけである。

 

「有栖川文庫」
 「有栖川文庫」も見てみたいと、サンクトペテルブルク国立大学東洋学部日本学科の荒川好子先生、ジアナ先生方とともに同学部付属図書館を訪ねた際には、カウンター担当者が不案内だったらしく結局拝見はできなかった。しかし1656年発行の栄花物語など江戸時代の木版本多数、尾張名所歌集など貴重な写本、さらには明治初期の初等教科書が多部数など、当時日本語を学ぶ学生たちへの良い教材となるようにと贈られたものが、年月を経て現在歴史的価値を増し、同文庫について5年前にも学会が催され講演会や展示が行われるなど、こちらも大切に継承されてきているとのことだ。

 




 同大学日本学科控室にはやはり古い蔵書がずらりと並ぶ一方で、「ロシア人・日本人がそれぞれ選ぶきれいな字」や気持ちを表したユニークな習字が張り出され、学生さんが課題に取り組んでいる。これから露日関係を担っていく若い学生さんたちが楽しみながらも懸命に日本語を学んでいる姿を目の当たりにすると、ここでの300年以上にわたる日本語教育の歴史が現在も脈々と引き継がれていることを実感する。

 

その他
 在サンクトペテルブルク日本国総領事館に多田琴美副領事をお訪ねし、有益な情報も多々いただいた。サンクトペテルブルクには他にも写本研究所、歴史文書館、海軍文書館などに日本関連の古い文献が保管されていて、日本からも研究者が訪れ調査しているという。上記のように日本語教育に歴史と伝統のある地であることから、現在でも日本語が盛んに学ばれていて、同市での最新回の日本語能力試験受験者は627人で年々増加傾向にある。特筆すべきは裾野の広さで、小学校レベルから日本語が教えられている学校がいくつかあり、歌や折り紙など遊びを交えて楽しみながら学ばれている。ある熱心な学校では校歌に日本のフォークソング「バラが咲いた」が採用され歌われており、生徒600人のうち400人が選択科目で日本語を選択するほどだという。日本語を学ぶ動機としては、ロシアでもシベリアなど距離的に日本と近い場所では就職など実利目的が主流だが、遠いサンクトペテルブルクでは、日本はどこか別世界にある国として多くの人が漠然とした憧れを持っていて、アニメ・コミックや日本の伝統文化に魅了されて学習を始める人が多いとのこと。

 


 市の中央図書館を訪れると、東洋文化センターが設けられ、折り紙で飾られたスペースに日本語の本が置かれ貸し出しされている。在住日本人ではなく、一般のロシア人利用者向けの施設だが、児童書や日本語学習教材だけではなく、大人向けの一般書も多種揃えられていた。日本語担当者のアンナ・ボグルブ氏がいて、日本語の会話クラブも開催されている。
日本総領事館には二か所に分かれて日本語の図書室も設けられている。閲覧のみで利用にはパスポートが必要。蔵書はHyperion社発行の日本文学などが多く、読書のために一般の人が気軽にというよりは、研究者などが調べ物のためにやってくることが多いそうだ。

 

おわりに
 モスクワやサンクトペテルブルクを中心とするロシアは、距離的にはさらに遠い西欧の国よりも、様々な点で日本から見ると遠く感じる。しかしロシアは日本の隣国でもある。この滞在中、街中で普通の人以上に親切に道案内をしてくれた数人が皆、ウラジオストク、ハバロフスクなど日本から近い場所の出身者だったのは偶然ではないだろう、彼らは日本人と知ると「ご近所さん」と親近感がわくようで、徹底的に助けてくれた。この遠さを図書の分野で少しずつでも縮めていけたら、と願う。
 国際交流基金センターの高口さん、坂上さんをはじめとしてお名前を挙げた方々、アテンダントをされた畠山さん、ロマンさん、スヴェタさん他皆さん、基金本部の皆さん、その他多くの方々にお世話になり貴重なお話を伺えたこと、心よりお礼を申し上げたい。

 

 

参考文献:
三浦邦宏「ロシア科学アカデミー図書館「三笠宮文庫」贈呈式に出席して」
アレクサンドル B. フィリッポフ、荒川好子 「サンクトペテルブルク国立大学東洋学部日本学科紹介」
Toropygina Maria, The Arisugawa Collection:History and Book Repertoire

 
   
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